人間文化学部

山尾 貴則

山尾 貴則
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教員氏名

山尾 貴則

教員ふりがな

やまお たかのり

職階

教授

学位

博士<文学>

現在の研究分野

G.H.ミードの学説、自己の社会学、社会的排除、承認論、若年者支援活動をめぐる諸課題の研究

担当授業名称

社会学概論、社会的自我論、地域情報論

担当ゼミ名称

基礎ゼミナール1、専門演習(社会学分野)、卒論指導演習

ゼミ・講義の紹介

わたしが担当している「社会的自我論」では、以下のようなことについて講義しています。さらに講義に関連する映像資料を視聴することもあります。

1.人間の自我形成過程
 社会的自我論では、わたしたち人間がこの社会に生まれ落ちて成長し、他の誰とも違う「わたし」という存在(自我)となっていく過程を、社会学がこれまで蓄積してきた知見を使いながら考えていきます。
 わたしたちは決して真空の中に生まれ落ちるのでもなければ、誰にも頼らず自然に「わたし」になるわけではありません。わたしたちは社会の中で、他者とのさまざまなやりとり(相互行為といいます)を通して、「わたし」になっていきます。つまり、「わたし」になるという過程を考えるためには、一人の人間の中身をくまなく分析するだけでは不十分で(もちろんそれは必要な作業ですが)、人と人とのやりとり、すなわちコミュニケーションという現象について、深く考えてみることが大切です。その際、G.H.ミードという社会学者の議論を参考にしていきます.

2.「役割」としての人間
 わたしたちは、他者とのかかわりにおいて他の誰とも異なる「わたし」となりますが、それと同時に、なんらかの「役割」を有した存在にもなります。わたしたちはそうした「役割」を適切に遂行することを通して、一人前の人間であることを自己と他者に示していくことになりますが、時に適切に役割を遂行できなくなったり、複数の役割をうまくマネジメントすることができなくなったりします。そのときわたしたちは、「いかなるわたしであるべきか」という苦悩を抱え込むことがあります。こうしたトラブルについて、アメリカの社会学者E.ゴッフマンの議論を参考にしながら考えていきます.

3.「承認」の社会学
 わたしたちにとって、他者から認められるという経験はとても大切です。わたしたちは他者から認められてはじめて、自分自身を認めることができます。こうした「承認」の重要性について、A.ホネットという哲学者の議論を手がかりにして考えていきます。また、「承認」が得られない場合にどのような困難が生じるのか、その困難をいかに克服していけるかということについて、教員自らが参加している若者の自立支援活動での経験を紹介しながらお話しします。

 本学部に入学してくる皆さんの多くは「心理学を学ぶ」こと、「小学校の教員になること」を希望していますが(ちなみに社会学を学ぶ希望をもって入学する方はほぼゼロです(笑))、この講義を通して、少しでも社会学、あるいは社会学的な自我論に興味をもってもらえれば幸いです。

専攻・専門分野

社会学

所属学会

日本社会学会
東北社会学会
東北社会学研究会
日本生活指導学会

研究室電話番号

028-670-3679

E-mail(大学)

yamao@sakushin-u.ac.jp

E-mail(個人)

yamao@sakushin-u.ac.jp

教員個人ページへのリンク

 

略歴・業績

researchmap

researchmap(研究者情報)

https://researchmap.jp/read0095530

 

研究課題と研究経過

私の研究課題はおおむね以下の順序で推移しています.ただし、次の課題への推移はそれ以前の課題の終了や放棄を意味しません。すべての研究課題が継続中であり、密接に関連し合っています。

1.G.H.ミードの社会理論
 G.H.ミードの社会理論に関心を持っています。特に、彼の科学方法論を検討しながら、社会学における探求(inquiry)への構えがどのようなものであればいいのか、考えをめぐらしています。また、長年にわたって注目されてきたミードのいわゆるコミュニケーション論をあらためて読み直し、ミードの議論における「個」(individual)の位置づけについて考えてみたいと思っています。

2.若年無業者支援をめぐる諸問題
 若年無業者はニートという概念でひとくくりに語られがちです。しかし、その内実はかなり多様であることが、若年無業者支援活動の一つにスタッフとして実際に参与することを通して見えてきました。ただし、彼ら/彼女らの多くに共通する経験として、自らの自尊心が傷つけられたという経験があることも分かりました。その結果彼ら/彼女らは自分に対する自信が持てず、社会へと一歩踏み出そうとしても二の足を踏んでしまっています。そうした彼ら/彼女がどのような経緯で自尊心を奪われるに至ったのか、あるいはそれをいかに回復することができるか。このことをA.ホネットの「承認をめぐる闘争」という議論を手がかりに検討しています。

 

3.社会的排除のメカニズム

我々の社会において社会的排除が強められていくメカニズムについて、J.ヤングの排除型社会論、A.ギデンズのモダニティ論、Z.バウマンの液状化社会論等を理論的な資源としながら考えています.

4.若者自立支援活動を適切に評価する視点の検討

社会的排除が強まる社会の中でも、若者たちは社会において有用な存在であろうと一所懸命頑張り、スキルアップに努めます(若者がだらしないという「常識」は、もう過去のものです)。しかし様々な要因により、失敗や挫折を経験し、社会的自立を果たせないことがあります。

先の2.でも書きましたが、そのような若者たちは自尊心を著しく傷つけられています。その傷は、若者自立支援活動の一つである居場所活動(若者たちが集まり、緩やかなつながりの中で時を過ごす活動)において、同じような経験を有する仲間たちに出会い、「ああ、自分と同じ人がいるんだ、みんな大変なんだ、自分も大変なんだ、でもそれでもいいんだな、ここからまた次に進めばいいんだな」などと、自分自身を再び認めることができることを通して癒やされていきます。そして、若者たちは社会へと再び一歩を踏み出す自信と力を得ていきます。

しかしそうした支援活動は、就労に資する直接的なスキルを提供するようなものではありません。そのため、「どれだけの利用者が就労したか」という就労実績を唯一の評価基準とするような評価法では、その意味合いを捉えることが困難です。ましてや就労実績が芳しくない場合には、いわゆる選択と集中といった議論の中で「そんな居場所よりもPC講座を充実させるべき」のような判断がなされてしまう恐れがあります。もちろんPC講座などのスキルアッププログラムは大変重要です。しかしそうしたプログラムを通して身につけた力を存分に発揮するためにも、「自分は大丈夫だ」といった、他者からの承認を通して得られる自分自身への信頼、自己自身の承認が必要です。その点を適切に評価するにはどのような考え方が必要なのか。このことについて、A.センの「潜在能力アプローチ」を手がかりにして検討しています。

 

5.「当事者研究研究」を手がかりにした被支援者による自立支援実践の研究

私は上記2.や4.の課題において、社会的自立に関してさまざまな困難を抱えている若者たちの居場所作りを行ってきました。その際の私と若者たちの関係は、いわゆる支援者と被支援者というものになります。彼ら彼女ら自身が若者自立支援活動を行うということは全く想定されていませんでした。

しかし現在(2020年)、支援の場に集うメンバーが成長して半ば運営スタッフのようになり、居場所活動を運営する共同実践者のような性格を帯びてきています。私は、こうしたメンバーのあり方の中に、従来型の支援-被支援という支援のあり方を相対化し、支援をより深みのあるものにしていく可能性が胚胎していると考えました。そこで、私自身も支援者ではなく純粋にメンバーの一人として参加し、お互いの考えていることを卒直に話し合う実践を新たに開始しようと準備しています。

その際彼ら彼女らのあり方を理解していく手がかりとして、北海道の浦河にある病院と精神障害当事者との連携施設である「べてるの家」で生まれた実践である「当事者研究」に注目しています。様々な困難を抱えた当事者が集い、自分たちが抱える困難を自分たち自身で分析し理解しようとする「当事者研究」は、元当事者や当事者自身が自らの経験を下敷きにして若者自立支援活動を組み立ててこうとする動きを考えていく際に、多くの示唆を与えてくれると考えています。